私がブログを書く事が長続きしない理由

ブログを消しては作り、もはやいくつ作ったかも覚えていないけれど、また性懲りも無く作ります。

 

作る時は俺はこのブログで好き勝手暴れ回るんだなんて思ってみて一記事目から酒の力を借り、脳を空にして適当に書いてみて後で読み返して黒歴史化しそうなその記事に戦慄するっていう構図なのですわ。

 

10から20記事くらいは何とかなるんだよ。そこから先はこのブログやってて意味あるの?という意識が異常なまでに出てきて結果ブログ消す。この繰り返しですね。

別に残しておいて後で書きたくなったらまた始めれば良いものを、律儀にとりあえず消すんだね。

なんでだろ?絶対後で後悔するんだけど消さずにはいられない、この気持ちね。

 

この気持ち分かって頂ける諸兄はいるのではないかと私は思うのだけれどどうでしょう?何かこう社会人やってて思うのは金に結び付かない、全くの無駄な事?この全くの無駄が頭リフレッシュ出来て良いっていう人も多いと思うけれど私は全く逆で、だったらやる意味ねぇじゃねぇかと思ってしまう訳です。金にならん事に労力を費やしてまで動きたくないとなる訳ですわ。

 

結果寝て過ごすという。まぁ休日に疲労回復に努めるのは仕事中心、金を稼ぐことが中心とするならば間違いでは無いと思う。しっかりと休息して平日のしょーもない仕事に備えるというのはある意味間違いではないと思う。

 

ただ昨今のSNSの発展により、有意義でキラキラした休日、アフターファイブの使い方で人生の充実度を測る傾向がある状態ではただただ寝て過ごすという休日は仕事に備えるという意味があったとしてもけして褒められたものでは無い休日になってしまう。

平日に疲れ果てた勤め人がさらに寝てばかりの休日にSNSで他の人のキラキラした休日なんて見た日にはよりドッと疲れて休日が終わるなんでオチになる訳です。

 

別に悪いことじゃ無いはずなんですよ、休日なんだから。ダラダラ過ごして何が悪いと。主張することに何らネガティブな要素は無いはずなんです。

あぁ平日頑張ったもんねと優しい言葉の一つでもあって良いのでは無いかと思わずにいられない。どうしても充実度がSNSみたいなもので見える化されることによって私もこうじゃなきゃいけないという強迫観念に似たものに突き動かされているのでは無いのかと。

ビュースポットに行っては写真を撮り、奇抜なデザインの食べ物を食べてみては写真を撮り、珍しい光景を見ては写真を撮り。絶えずSNSに繋がる生活というか意識した生活をしている状況があるんでは無かろうかと。絶えず貴方の人生を見ている人々にどう思われるかを考えて生きている状況がある。それが流行る世の中だから、それが当たり前の世の中だからしょうがないのかもしれない。