エッジ効きすぎて気持ち悪い

まぁ、はてなブログはホントに

物を書くのが上手い人が多いですな。

感心します。

読ませるブログっていうのはこういう事かと

眼前に突き付けられている感じがする。

まぁホント才能なんだと思う、ブログ書くのも。

いくら自分の好きなこと書くぜ!!って言った所で所詮2000文字以内が精一杯ですよ。

はてなブログのトップページに上がる人達には毎日何千文字と書いてらっしゃる方がいるじゃないですか。

何でそんなに書く事が次々とあるんだろうね?

同じ社会人で仕事こそ違えど、生活リズムは同じはずで、仕事が1日のメインにあって、その他余暇時間っていう感じだろ?大体。

 

そんな人に向けて発信をし続けるオピニオンがこうも次々と湧いて出るものかね?

俺なんて1000文字越すのに一杯一杯ですわ。

好きな事書いてるつもりなんだけどね。

 

っていうかそんな人に向けて発信するオピニオンを長々と書いていって楽しいもんなんだろうか?

そういう人たちはオピニオンを書いている事が即ち楽しみであり、長々と書ける事が才能であると言えると思う。

 

そんなに読ませる事を意識して辛くならないのだろうかと常々思う。

1人のコンテンツ消費者としては非常にありがたいことではあるのだけれど、読んでもらう文章を書くというのはストレスが溜まる事である。

 

現在の俺の仕事がそうなのだ。

人に向けて読ませる文章をひたすらに作成して

いる。

やれ報告書だの

社内資料だの

一体どこが技術職なのだと訴えたい。

一日中机に座ってパソコンとにらめっこする日々になっている。

 

ひたすらに作成しては修正される日々。

ストレスが溜まる。

自分が正しいと思って書いた資料が修正一杯で返ってくる。

要は上司のニュアンスに合わなければ修正されるわけだ。

ロジックとしておかしいとかならわかるんだが文章のニュアンスを言われるんだよな。

細かいところを修正されるわけだ。

俺は大雑把な性格なので細かい所を言われると非常にストレスが溜まる。

ただこれは仕事、ビジネスなのでサラリーマンにおいて上司の力とは絶対とは言わないが

かなりな力を持っているのですよ。

 

なんてったって改行まで言われるからな。

もう自分で作ればいいのでは?と思ってしまう。

まぁ後何十年もすればもしかして、上司の立場に立って細かい所を修正しているかもしれない。

 

そういう身の上の俺からすれば

あれだけ読ませる文章を書き

尚且つ

大衆の意見に惑わされず

自分の意見を発信するブロガーを

凄みを感じてはいるけれど

エッジ効きすぎて気持ち悪いとさえ思える。

 

そこまで考えて生きている人間が

社会の一部として歯車になって

他人に埋もれて生きている状況が

よく理解できない。

 

結局のところ、政治家だろうが

エリートビジネスマンだろうが

大体の職業は人気ありきの商売なんだわ。

 

他人を寄せ付けない職人だろうと

そのファンが一定数いなければ

彼は職業としては成り立たない。

 

人気ありますっていうのは

非常にビジネスにおいて重要なことだ。

それが例えサラリーマンであろうとも。

 

だとするならば

オピニオンを好き勝手ブチまけて

人気を獲得するブロガー達は

勝ち組であると共に

平凡を絵に描いたような俺からすれば

異質以外の何者でもない。

 

自分の意見=大衆の意見である。

自分が発言すれば即ちマジョリティになり

大衆の意見が後押しになる。

この構図に何とも言えない気持ち悪さを感じてしまう。

そんな事がありえるのかと。

そのオピニオン自体疑わしく思える。

 

太客が後押しして

世間を巻き込んで、そのオピニオンが

あたかも絶対的な正解にされてしまうのが

恐ろしい。

 

正しさとはついぞ恐ろしいものである。

正しさなんて時代で変わるくらい相対的なものであるのに、それが絶対であると盲信すればもう止まらない。

 

恐ろしい。

非常に恐ろしい。

 

高校時代に小泉純一郎を応援していた俺からすれば、またあの過ちを犯すような土壌が

ネットに

世間に常に孕まれているというのは

非常に恐ろしい。